satomingoの記録

アズワン留学中(2017/8/1~)サイエンズアカデミー(2018/4~2019/2)その後の生活の振り返り用。 diaryとして整理のために。 いつでもスタートライン。

女という性質

人生のコースの中で赤ちゃんとお母さんの話題が印象に残っている。

コースへ行っている間に友人が出産したことをブログで見た。妊娠していたこともその経過もブログを通して知っていたんだけれど。
それをみてというのか自分の中に赤ちゃんや妊婦さんを見ると「いいな〜♡」というじんわり温かいものに包まれる感覚がある。この感覚はずいぶん昔からあるような気がする。

よっしーの言葉を聞いて留学期間中は子どものことは我慢しようと決めていた。
それを自分に課していたんだれど、そんなことをコースを経てよっしーと話す中で気づいた昨日。

わたしは子どもが欲しい、子育てしたいと出てくるんだけどこれの大元はなんだろう。
命を実感したいのだろうか?赤ちゃんが側にいるのを味わいたいのもある。
自分とのつながりを実感したいのかな。人が宿るってなんだろう。沸々とでてくるものがある。愛に包まれていたいとか。授乳を経験したいとか。なんだろうこれ。

そういえば前の旦那さんと別々の道に進みたくなった元は「子どもが欲しい」「深いつながりを得られない」というのを理由としたのを思い出した。前の旦那さんとは10年程の付き合いで5年は暮らしを共にしていたけれど、身体のつながりは試した程度で片手で数えられるほどしかなかった。それも子どもが欲しいために無理してというのがあったな。それと心の部分の深いつながりを求めていたわたしだけど、話をしたい聞いてもらいたいというのも全く伝わらなかったな。彼の考えの中でやることに自分を合わせていた。仕事で忙しいから話したときは時間を決めてみたいな事も言っていたな。
わたしの支離滅裂な言葉に何が言いたいかわからない感じで、自分が本当に聞いてもらいたいことを伝えることが出来なかった。そうして猫を飼い始めたのだった🐈


子どもが欲しいといってもいきなり出来るわけではない。それは神のみぞ・・・な領域で。子どもが側に居るっていうのを味わいたいのはなんだろうな。まっさらな人間と居たいという感じなのかな。赤ちゃんのもつエネルギーで満たされたいとか。
というより別に理由なんてなくって本能的な現れなのかな。女の本質とでも言うか。
この辺り自分の根底とつながっている感じがしてもっと探って行きたい。