satomingoの記録

アズワン留学中(2017/8/1~)サイエンズアカデミー(2018/4~2019/2)その後の生活の振り返り用。 diaryとして整理のために。 いつでもスタートライン。

5/20 最近の自分で思う事。

研究会、1st mtg、being mtg、アカデミーmtgなどであまり発言しなくなっている自分がいた。他の人が話す事を聴く時間が長くなっている。
それを自分が落ち着いてきたからだと思っていた。
でも昨日、自分の中に”遠慮”のようなものがあることに気づいた。
わたしも話したいというか聴いてもらいたいことがたくさんあった。
出したとしてもその都度、出しただけで終わってしまうことに(リビングではそうなりやすい)出す事をためらう自分がいたり、そういう場合は基本的によっしーに話したいといって聴いてもらっている場面が多い感じがする。

昨日のアカデミーmtgジエゴが心の内を出してくれた話しから、自分が思うところを話したかった。自分の中にあるものと現れ方は違うが同じ種のようなものがある気がした。

”分かってくれない”というものの中身。人によって話す内容が違うというのと分かってくれないから話せないというのは違う感じがわたしもする。
例えこの人は分かってくれると思っていても本当に分かっているかは別なことだと思う。そういう時自分はどんな状態か。相手に聴いてもらうことで安心感を求めている。自分の中に起こるモヤモヤとした心の痛みをすぐに無くしたいと思う。それをすぐに受け止めてくれるであろう人は今のところ此処ではよっしーしかいないと自分でしている。瞬間的に起こる問題をすぐに人へと求める自分がいるな。
アカデミーの中、今その場に居る人の中で諦めみたいなのを感じていたりする。
そしてその中で一番聴いてもらえそうな人を自分でチョイスする感じもある。
優先順位を付けている感じだ。

そしてジンちゃんに聴いてもらうことは少しの時間で質が高いのだがここに遠慮が生じている。家に居ないことが比較的多いジンちゃん。そしてみんなの聞き役みたいにわたしが思っている。わたしに割ける時間はないのではないかなとか。

出したくても出せないような自分を感じた。
ジンソンにはプチミをやってもらったらいいと提案してくれた。
わたしはその前にみんなに聴いてもらい感じがあったかな。
全員が久しぶりに揃った昨日のミーティング、そして食事の後、自分の事を話したかった。でもみんなが今関心がある人はわたしでないと自分でそうした感じがあった。
そしてジエゴも言っていたけど、わたしとよっしーは特別な状態で、わたしもよっしーもお互いで聴き合っていてみんなの場に出さないようなことを言っていた。
それがあると思われているからなのだろうか。自分が少し浮いたような感覚を感じる。


この場では出せないとか、瞬間的に起こったモヤモヤを解決するのによっしー以外に聴いてと言えないとか自分の中にある状態かな。ここでは無理とかもしている。
自分が求めている状態と、そういう出せない状態。

逃げ場所がなくなったジエゴ。わたしはよっしーに逃げているのだろうか?
いきなりそういうのをよっしーがしようとしたとき(わたしの様子が気になっても自分でなんとかしろと放っておく)わたしの心はどうしようもなくなった。
ジエゴも言っていたけど、それをいきなり変えるのでなく安心感や満足感も今は借りながら自分の中で気づき自然にそうなることの方が無理がないような感じがする。

相手に求めるのと一方的に愛を贈る状態。
なぜ求めようとするのだろうか?やはり安心がベースにないような感じする。
しても/しなくてもよい状態。元々はそうであろう。そこから自然に相手にしてあげたいとか気持ちが出てくる感じがある。
わたしは安心な状態を知らないと思っていたけど、もしかしたら実際の自分は安心な状態にあるのかもしれない。そこに自分の思いや考えが阻害しているだけなのかもしれない。